湿度が高いまま気温が上がり、
その湿気全部がじっとりと、肌一面へまとわりつく。
蒸し焼きってのはこのことかと実感しちまえるほど、
不快極まりない季節が 今年もやって来る。
ああでも、俺、
どっちかって言うと嫌いじゃねぇんだよな。
まだ午前中だってのに、早くもかんかんに照ってる灼熱の陽射しも。
南国や砂漠の国みたく カラッとしてりゃあ、
まだ凌げるもんをと恨めしく思う湿気の多さも。
そういうのを一瞬だけ忘れさす、朝晩のほんの刹那にだけ吹く涼しい風も。
それから、間抜けなくらい中途半端な長さの 夏休みってやつも。
「八月末までなんてよ。
まだ結構暑い盛りにぶつって終わるってのは、いっそ笑えると思わね?」
俺ら学生アメフトの本番は秋だから。
それを控えての、体作りや気合い固めの正念場。
大時代の根性論をぶち上げてるつもりはねぇけどな。
そんでも、負けるもんかって気を張ってりゃあ、
照りつける陽射しも亜熱帯みたいな気温も、さして堪えない。
自分を叩いて叩いて絞り上げるのには好都合。
もっともっと強くなれるのなら、
もっともっと暑くなってもいいとさえ思うくらい。
「…勘弁しろよ。」
髪を伝って顔やら首やら、滴り落ちる汗にまみれて、
もう水を浴びて来たよな様相のこっちへ向けて。
脱水症状起こして倒れんぞと、
眉をしかめて ほれと、絞ったタオルを放って寄越した彼だとて。
この暑さの中、
長袖に長ズボンなんていう、我慢大会みたいないで立ちしてる。
手入れのいい芝生の青々と広がるフィールドを、
ちょっとばかし懐かしそうに、その切れ長の目許を細めて見渡すは、
黒髪に長身痩躯の結構いい体格をした大男。
「都議会の帰りか?」
「ま〜な。カバン持ちは手が足りてるとよ。」
相変わらずに都議を務める、土地の顔、
葉柱議員の、秘書だか運転手だかという名目で、
支援団体主催の講演会だの、財界人を集めたレセプションだの、
堅苦しい場に引っ張り出されてるルイは、でも、
葉柱議員の息子ですと今から名を売るよりも、
本当は表立ったところには出ず、もっと地道な勉強がしたいらしい。
法制の仕組みとか、現今の政財界の派閥の絡みよう。
駆け引きのノウハウなんかは、実地でしか身には付かないとしても、
そうして盤石の態勢を整えてから、
親父さんや兄貴やのバックアップをしたいらしくて。
それと、
『とっぴんしゃんな誰かさんにも、どうせなら頼られてぇしな。』
これまではただ単に“年の差”だけで見守って来たけれど。
双方ともに大きくなれば、
たかが八つの年齢差なんて、その開きはどんどんと縮まってくもんで。
小学一年生と高校一年生なんていうと、とんでもない世代差があったはずが、
“17と25じゃあ、確かに大差ねぇかもな。”
こっちも背丈は伸びたから、もはや目線はそんなに変わらなくなったし。
ネットじゃ何だを通して、
ずんと遠くまで見てたし余計なことばっか詳しかったのは昔からの こったのに。
そんなことも知らねぇのかと、そういう言い方をするたんび、
昔ならそりゃあ判りやすくも、ムカっという感情を滲ましたお顔をしたものが、
今じゃあ はっと意表を衝かれたような顔になるルイだったりし。
「…。」
「何だよ。」
何でもねぇなんて淡く微笑って誤魔化したって、俺には筒抜けだっての。
自信を無くしたとかそういうんじゃないんだろけどサ。
今時のやり方、今時のスマートさでもって、
てきぱきと話を進める奴とか、周到に手配が打てる連中に遅れを取ったりすると、
妙に落ち込むところが…相変わらずに判りやすくも可愛い兄ちゃんで。
そういう想いを味わうと、どうしてだか、
約束もしてないのに、俺の顔 見に来るんだよな。
学校とかグラウンドとかによ。
そんな柄にもない挙動不審なこと しやがってよ。
ツンさんに訊いてやっと判ったんだぞ、この野郎。
第2秘書の何とかいう若造に、
自分が請け負ってた公聴会の手配のフォローを完璧にされてたとか、
プランニング会社から派遣されてた やり手の姉ちゃんから、
陰で“使えない”発言されてたって聞いて落ち込んだとか。
“…ったくよ。どこの新入社員の五月病ですかっつうの?”
◇ ◇ ◇
合宿張るのは八月からだったけど、
ちょうど行事の隙間だったかスケジュールが空いてたスタジアム借り切って、
練習をみっちり続けてたこの1週間だったもんで。
ルイがどういうお務めしてたか、うっかりとチェックしてなかったのは否めない。
“だってよ。ド素人の俺がいちいちアドバイスとかってのも変な話じゃんよ。”
それに、何も毎日メール交換してなきゃ落ち着けないってな仲でもないし。
どこやらかで比例区の補欠選挙とかあるって聞いてたから、
同じ派閥の候補への応援に、毎日のよに奔走してる親父さんに付き合って、
やっぱり忙しいとこへメール送っても相手にしてる暇なんてなかろって思ってて。
そしたら…これだ。
『…。』
フィールドと隣り合うのは学生向けの25mの四角いプールで。
水面から反射して、回りを囲うセメントブロックのグレーの壁へ、
ゆらゆら揺れる光は菱形の波の影。
それをぼんやりと眺めてる横顔が、何だか覚束ないままで。
ああ夕陽が綺麗だねとか言い出しそうな、
そんな、黄昏切った顔してんじゃねっての。
『腹減った。何か美味いもんが喰いたい。』
そのまま眠くなっても支障がないようなトコがいいと、
馬鹿丁寧に仔細まで付け足しといたら。
ロッカールームで着替えて出て来た俺んコト、拾ったセダンが向かったのは。
繁華街に間近いシティホテルどころじゃあない、
セレブリティご用達のタワーホテルの最上階、
魅惑の夜景が売りのスカイラウンジでのお食事と来たもんで。
制服ならセミフォーマルと変わらんだろと、
そこいらには相変わらずこだわらないルイの顔パスで、
制服姿だってことは間違いなく未成年だってのに、
食事の後の夕涼み、ラウンジでのジャズ演奏まで堪能してから。
「…ん。/////////」
ああくそ、相変わらずこっちのツボをきっちり知ってやがる。////
直通のリフトで辿り着いた広い部屋。
入るなり、長い腕でざっと抱え上げての有無をも言わさず、
何か言いかけたのは唇で塞いでの寝室までを直行し。
こっちが照れる暇さえ与えずに、
ベッドへ深々と沈めて…そのまま首元に食いついて来やがって。
よほどに機嫌が悪いときでない限り、
ここまで一気に運ばれると、遮ったところで後が続かない。
一度だけ、待て待て待てと遮ったことがあったけど、
ぴたっと手を止めたルイから、
『んん?』なんて真っ直ぐに覗き込まれて…結局なし崩されたんだったっけ。
ジャケットを剥がされると薄手のシャツだけ。
向こうも上着を脱ぎ去って、同じような薄着になったのへ、
されるがままなのは癪だったから、
「…これも、脱げ。」
言いながらもう手が出ていた俺が、
間近の真上に来ていたシャツの小さなボタンを外しかかってやれば。
黙ってされるままになってのそれから、
ベッドサイドへ手を伸ばし、明かりを壁際のだけに落としてしまい。
綺麗に開いてやった前合わせから、剥き出された胸板の感触が降りて来る。
鞣した革みたいな、張りのあるひんやりする肌で触れてくれる。
朝っぱらからかっちりした背広着て、
車から車へのドア・トゥ・ドアな生活ばっかしてるくせによ。
何でこんな、腹筋なんか まだくっきりと割れてっかな。
厚みのある身体なのも相変わらずだし、
全然“ホワイトカラーです”って匂いがしねぇの。
せわしいキスをしつつ、首条やおとがいやを丁寧に唇の先で撫でてくれつつ。
こっちの背中へ腕を入れ、肩を抜いたシャツ、ずり下げるようにして引き抜いて。
何でそんなことへばっかり要領がよくなったかな、この男はよ。
「ん…、や、あ、んぅ…。////////」
すっぽりくるまれてる腕の中が心地いい。
俺は全然疲れてなんかなかったのにな。
どっちかっていや、ルイのことを慰めてやろうって思ってたはずなのにな。
脾腹や脇や、内腿の肌の薄いとこ、
案外と器用な指先や手のひらで、そおと撫でてくれていて。
そこから少しずつ、他のところまで少しずつ、
体中のあちこちが感じやすくなってゆく。
ルイの手でってのが、まだ気恥ずかしいことではあるけれど、
でもね、あのね? こうなるの、ずっと待ってたのもホント。
ルイは頑として手ぇ出して来なくって。
そういうお付き合いはしねぇよってことなのかなって、
それならそれで別にいいんだけれど。
だったらなんで、カノ女作らねんだよ、紛らわしいって、
何か変な八つ当たりしたらば、
『もちっと育つの、待ってるだけだ』
なんて、真顔で言いやがんの。
こんの変態野郎って、言ってやりゃよかったんだろな。
だってのに、そんときの俺は…その、なんだ。///////
「余裕だな。考えごとなんかしやがってよ。」
「ちが…。」
違わねぇけど、ルイのことならいいじゃんかと。
言い返す間もなく…。
「んっ、あ…や…。/////」
なあ、ホントに落ち込んでたの?
上機嫌だったときと、ペースとかあんま変わらないんですけど。/////////
あ、なあって…や、そこ、ん…。////////
◇ ◇ ◇
結局のところ、途中から何が何やら判らなくなって。
ふっと気がついたら、その瞬間まで眠ってたらしくって。
見上げれば、間近いところに見慣れた寝顔。
特に眉根が寄ってもないから、抱えてた鬱屈は晴れたんだろう、うん。
「…。」
何かちょっと癪だったのは、
俺のルイにこんな顔させやがった半端もんがいるってことへで。
でも、もっと腹が立ったのは、選りにも選って、
“要領が悪いこと”へ へこんでるルイだってこと。
今だって凄げぇ頼もしいし、その…何だ、
要領がいいだけで中身は空っぽな奴の何倍もカッコいいと思うし。
無理も背伸びもしてない、知ったかぶりとかで虚勢も張らない。
泥臭いまんまのこつこつと地道に作り上げられた強さは、
結局 何にも勝るんだってのを、
その対極にいる俺が認めるのが癪だってだけだ、このヤロがっ。
―― 甘えて、甘えさせて。
甘やかしたくて、甘えたくて。
でもなんか、甘えるのって慣れがないから難しくって。
ああもう、どっちでもいいし どうでもいい。
よそ見なんかしてんじゃねぇよ。
こっちだけ向いてろ、こんの馬鹿カメレオン。
誰にもやんないし渡さないんだから、心しとけよ、このヤロがっ。
〜 終わっとけ 〜 08.7.11.
*日本の暑さは嫌いじゃあないけど、
熱帯夜だけは苦手な坊やかも知れません。
妙な時間に起きてしまうと、後がなかなか寝つけない。
大好きなお兄さんがすやすやと寝入っているの、
うっとりモードで眺めていられたのも、数刻のこと。
眠れないし退屈だからと、力づくにて叩き起こしてしまう悪魔様に、
それでも怒れないのは惚れたもんが負けだからでしょか。(苦笑)


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